福岡家庭裁判所小倉支部 昭和39年(少)497号 決定 1964年4月03日
少年 T(昭二八・六・一六生)
主文
本件を北九州市児童相談所長に送致する。
少年を、昭和三九年四月三日から向う三ヵ月を限度として、福岡学園内の任意に出入りすることができないような設備のある寮に収容することができる。
理由
北九州市児童相談所長の本件送致の理由の要旨は、少年は昭和三八年一〇月一一日福岡家庭裁判所小倉支部において、教護院送致の決定を受け、教護院福岡学園に入所させられた者であるが、同年同月一五日の無断外出を始として、昭和三九年二月二三日までの間に前後七回に亘り無断外出を繰返し、現状においては教護の実はあがらず、その目的達成のためには強制的措置を必要とすると言うものである。
よつて審案するに、本件記録、当裁判所調査官の調査報告書並びに当審判廷における少年、保護者たる母親及び福岡学園教護智田文哲らの供述等を綜合すると、少年は昭和三八年一〇月一一日に当裁判所において前件触法(窃盗、恐喝)保護事件により教護院送致の決定を受け、福岡学園に収容されたものであるが、少年は同学園に入所以来、同年同月一五日(即日連戻し)同年同月二〇日(同年一二月七日連戻し)同年一二月一一日(昭和三九年一月一七日連戻し)昭和三九年一月一八日(同年同月二二日連戻し)同年同月二三日(同年同月三一日連戻し)同年二月一日(同年同月二二日連戻し)同年同月二三日(現在に至る)の七回に亘り同学園から無断外出したことが認められる。
しかしながら本来強制的措置は単に無断外出を防止するための便宜的措置であるべきではなく、従つて単に無断外出を繰返し、その回数が多いことのみをもつては未だこれを認めるに足りず、無断外出により少年の徳性は著しく害せられ、しかもその資質等からして、少年を学園に留まらせるのに他に適切な処遇方法もない等已むを得ない場合に限られるべきものである。
そこで本件につき、此の点を検討して見るに、本件記録及び本件送致書添付の参考資料等によると、本少年については、既に前件により教護院送致の際に、少年を学園に落着かせるのには相当な困難が予想されたのである(前件小倉少年鑑別所鑑別結果通知書)が、現実に本少年は福岡学園に送致されて以来、本件送致に至るまでの約四ヵ月余の間に、同学園に留つたのは通算して僅かに一〇数日間に過ぎず、従つて同学園において本少年に対して何等かの措置をとる余裕もなかつたようであり、しかもこの間少年は弟(当八年)及び近隣の不良児童らと共に北九州市若松区内を徘徊し、昭和三九年二月二日から同年同月一九日までの間に前後一六回に亘り触法行為(窃盗一四件、同未遂二件)をかさねていたもので、低年齢ではあるが、現在においては既に非行は習癖化しており、又家庭並びに近隣の環境及び保護者の態度、能力等は前年教護院送致決定書に明らかなとおり、少年にとつては好ましくなく現状のままでは少年の性格面の歪は更に度を加え、非行の傾向は更に発展し進化する虞れが強く、これらの諸事情を併せ考えると、少年の年齢(当一〇年)施設殊に強制措置の現状等を考慮に入れても尚此の際少年に対し必要最少限度の期間強制的措置をとることも已むを得ないものと言わねばならない。
そこで次にその期間につき考えるに、本少年の年齢、同学園殊に強制措置の現状等からして、強制的措置が少年の人格形成の過程において及ぼす虞れのある悪影響の点を考えると、継続して一ヵ年にも亘る強制的措置は到底認めることが出来ず、上記諸事情を勘案して、その期間は本決定の日から三ヵ月間を最高限度とするのが相当であると認め、学園においては、この間に科学的であり且つ愛情のある指導助言等により、爾後も少年を学園に安定させ教護の目的を達することができるよう適切な措置がとられることを期待し、少年法第一八条第二項を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 近藤道夫)
参考
一、家族関係
家父 唐○武○ 四一歳 無職(昭三九・三・七頃刑務所出所)
実母 山○○ヱ 四九歳 失対人夫 月収八、〇〇〇円 生活扶助 月五、〇〇〇円
異父兄〃○二 一八歳 無職(実父と同じ頃少年院を仮退院)
〃 〃 ○一 一六歳(中等少年院在院中)
実弟 〃 ○夫 八歳 小学生
二、前件(触法-窃盗、恐喝)教護院送致決定理由の要旨(昭三八・一〇・一一決定)少年の家庭は、現在、窃盗罪により服役中の実父を始めとして、実母を除く家族全員に窃盗等の非行歴があり、又実母もパチンコ店に出入りして少年等を放任勝ちと言つた不道徳家庭で、実母に見られる動物的愛情のみでは、指導性はもとより、保護監督の意思も認め難く、このような家庭環境に生育した少年は、六歳頃から非行が見られ、現在においては既に家出、浮浪、触法行為(窃盗等)は習癖化しており、補導に当る学校側でも、現在では全くその意欲を失つている。
従つて、現状のままでは、非行性が更に深まつていくものと予想される。よつて、この際、少年を施設に収容し、教科教育を施すと共に、性格の矯正を図ることが、少年の健全な育成を期するために相当であると認め、教護院に送致する。
三、少年調査票における特記事項および調査官の意見
(イ) 特記事項
兄弟が次々に弟を非行に誘い込み、N、Hという同年輩の非行少年がおり、非行集団が広がつて行つている。しかも、実母には資質的貧困が考えられる。
実父も犯罪常習者であり、その上、少年の弟○夫もすでに札つき触法少年になつている状態である。
少年の無断退去は、実母に対する動物的愛情の絆によるもののようであるが、規律への反応でもある。
少年の知能は田中B式では、精薄の段階であるが、未だ小学校の課程が終つていない点から考えて、WISC知能検査によるIQ=91が正しいとも考えられる。
(ロ) 意見
家庭環境が極めて悪く、実父が出所して来たことや、異父兄が少年院を仮退院したことがプラスになるとは考えられない。しかも、少年を家庭に置くことは、弟○夫の非行性の進行を早めるおそれが強い。
少年の非行性は習性化しており、徹底的な矯正教育が必要であるし、少年を家庭におけば非行仲間との交友関係がすぐ復活し、更に非行を重ねるだけであり、少年の更生を計る道は現在の環境から離すこと以外にないと考え、一ヵ年間の強制措置を許可する決定が相当と考える。
四、前年における小倉少年鑑別所の鑑別結果通知書による総合所見(昭三八・一〇・七付)
(イ) 問題点とその分析
全くの不道徳家庭で貧困、放任で躾はなされずただ動物的愛情のみ、原始的欲求の抑制や、我まんすることを知らず衝動的に走る傾向がつよい。従つて我儘、自己中心的で阻碍には退行的行動様式を示す。至つて未熟な人格像である。このため社会性なく正常集団からは逃避行動となり、不良友人や弟達などの不健全な遊びや非行行動が現れて来たもの。
(ロ) 処遇上の指針
明朗で愛情、依存欲求がつよい。ある程度判断か見通しの力もみられることから早期治療があれば性格的な改善は期待出来る。
しかし環境条件が至つて悪い。この環境条件を変えることは不可能であることを考えると保護指導力は全く稀薄で学校教育もこの儘断絶してしまうだけではなく、非行性も深まつて行くことが予想されるので収容が望ましい。
施設に安定させることは本児の場合非常な困難が予想されるので指導者との接触を密にした愛情ある指導や励ましによつて積極的に適応して行く意欲をもたせることが大切である。
(ハ) 社会的予後
予後は余り期待できない。
(ニ) その他
精神知能(新制田中B式)IQ=七四
WISC知能検査全検査IQ=九一 言語性=九三 動作性=九〇
判定収容保護-教護院